むか〜しむかし、ある所に気だては良いけれど、ちょっと気の弱い鍛冶屋がおりました。とさ。
山に登っては薪を集め、川に出かけては砂の中から鍛冶の材料になる砂鉄をコツコツ集めては炉を燃しておりました。鍛冶屋
は山の中腹の掘ったて小屋に住み、時々里に下りては邑の人たちの所に行って、畑で野菜を作る人たちのために「鍬(すき)」
だの「鋤(くわ)」だのを造ってやり、その代わりに出来たての美味しい野菜を分けてもらって、細々ではありましたが、平穏な毎
日を過ごしておりました。
そんなある日のこと、みやこ、という所から一枚の手紙が届きました。「これこれ、それ某は鍛冶屋だろう、ワシは何でも知って
居るぞ。今度の満月の日までに鉄剣20本を至急に作って持って来い。命令である。もし命令を守らないと殺してしまうぞ!!
なんちゃって!」
手紙を読んだ鍛冶屋は青くなりました。突然訳も分からない内に鉄の剣を作
れと命令され、しかもそれが20本も…。川で採っ
てきた砂鉄は沢山在りま したが、剣の数に見合うほどの量にはとても足りません。その上、たたらで燃やす薪は無理をして集
めても、到底及ぶ筈もありません。ましてや鉄の剣はずううっと昔に作ったきりで、最近ではすっかり忘れています。それなのに
次の満月といえば後21日しか ありません。一日に一本の剣など鍛冶屋にはとても無理に思えました。しかし作らないと殺され
てしまうに違いない。鍛冶屋は頭を抱え込んで途方にくれてしまいました。
その時、ちょうど邑から遊びに来ていた娘が、鍛冶屋のただならぬ様子に驚
いて尋ねました。そこで鍛冶屋は「みやこ」という
所から大変な命令をされ た事を話しました。それを聞いて娘は驚き、飛ぶように邑に帰ると、とんでもない事が起こった、と、
皆に伝えたのです。邑の人たちも、これは大変、一大事、と次々に鍛冶屋の所に向かいました。
すっかり困り果てて青くなっている鍛冶屋を前に、邑の人たちは何とかしようと相談を初めました。皆で協力をすればきっと鍛
冶屋は助かるに違いない、第一、邑の人たちがこれまで畑で沢山の野菜を作ったり米を収穫できたのも、鍛冶屋の作る鋤や
鍬が、とても使い易く丈夫だったからです。その恩返しが出来るならと、協力を惜しまない者は一人も居ません。
皆が手分けし
てやれば20本の剣はきっと出来るに違い在りません。
次の日から邑の人たちも総出になって山で樹を伐っては薪にしたり、川に入っては砂鉄を集めました。見る間に鍛冶の材料は
出来上がっていきます。鍛冶屋は早速炉を燃し始めました。見る間に炉からは赤い炎が上がり、番子(足踏みふいご)になった
邑の人も一睡もせずに、足こぎを続 けてくれました。そうして次々に鋼(はがね)が出来上がり、すぐさま鍛えられて、鍛冶屋は
忘れかけていた剣の鍛え方を段々と取り戻して行きました。
明日に満月を控えた夜、やっと最後の鋼が出来上がり、鍛冶屋は手に出来た無数の血豆を潰して血だらけになりながら、鎚を
握りしめ精魂込めて剣を鍛えました。そうして空が白々と明ける頃、やっと最後の剣が出来上がったのです。鍛冶屋は邑の人
たちと手を取りあい、涙を流しながら喜びました。これで鍛冶屋の命は助かるのです。鍛冶屋は早速邑一番の丈夫な馬を借りる
と、鉄の剣を乗せ、早速みやこへと向かいました。
そして…
鍛冶屋は「みやこ」という所を生まれて初めて見ました。赤い立派な門が自分の背丈の何倍もの大きさでそびえ立ち、自分が
中に入るのを、まるで手を広げて妨げているようです。気の弱い鍛冶屋はおそるおそる門を入ろうと、馬の手綱を引きました。
すると突然、甲冑を着た見上げるような大男が現れて、鍛冶屋の胸を鷲掴みにしました。どうやら門番の様です。
「おい、お前、何処に行く?。何の用ぢゃ!ああん?オラオラ。」
「ひぇぇぇぇ。」
鍛冶屋はガタガタ震えながら身をすくめると、大事に懐にしまっていた手紙をおそるおそる取り出しました。門番は手紙を一瞥
すると「ふん」と鼻をならして、さっさと門の奥に消えていきました。一人残された鍛冶屋は、ほっと胸をなで下ろしましたが、ふ
と見れば、先ほど掴まれた襟の所がパックリ破れ、一番良い身なりで来た積もりだったのが、とても見窄らしい格好になってし
まい急に胸が痛くなりました。「むちゃな事をするんだなぁ、みやこは恐ろしい所だ。」
やがて暫くすると先ほどの門番が帰ってきました。
「お前、剣をここに降ろせ、ご苦労だった。これは褒美だ。」鍛冶屋が馬に乗せてあった鉄剣を下に降ろすと、門番はそれを軽々
と持ち上げ、皮で出来た一握りの袋を鍛冶屋の懐に向けて放り投げました。鍛冶屋は慌ててそれが落ちないようにと、両手で
やっと受け止めました。そっと中を覗くと、何と中には綺麗な光る珠石や金で出来た飾りがゴロゴロ入っています。
「おい、さっさと帰れ!」門番は追い立てるように鍛冶屋を門から押し出しました。「ああ、助かった…」と鍛冶屋は思いました。
それにしてもこんなに沢山の褒美を貰うなんて、鍛冶屋は驚いて声が出ません。
やがてやっとの思いで邑に帰った鍛冶屋は、早速邑の人たちに皮袋に詰まった宝物を見せました。邑の人たちも、そろって声
が出ない位に驚きました。それは今まで見たこともない、素晴らしい宝ものがぎっしり詰まっていたからです。
「この宝は皆が手伝ってくれたお陰で頂いた褒美だから、ここにいる皆で分ける事にしよう。」鍛冶屋は、邑の一人一人に珠石
や飾りを、礼を言いながら手渡しました。邑の人たちは驚きながらも、嬉しそうに大事に宝を懐に入れると、いそいそと鍛冶屋
の小屋を後にして、里へ帰って行きました。邑の皆の後ろ姿を見送りながら、鍛冶屋は痛めた手をゆるゆるとさすっては、皆の
お陰で命が助かって、本当に良かったと、心底思いました。鍛冶屋の小さな背中を、夜更けの月の光が、何時までも優しく照ら
していました。
ある時、
みやこでは、とある噂で持ちきりになりました。それは帝が櫟本に行幸されたおり、とある女御と懇ろになられ、身ごもられた
ものの、いざお産まれになった折り、不幸にも女御は身罷られてしまい、残された幼子は密かに桃屋敷で育てられている、と言
うものでした。桃屋敷というのは、帝の住まわれる御所から遠く離れた山麓で、屋敷の庭に樹齢が100年を越そうかとも言う、
桃の古樹があり、それが春ごとにとても香しく辺りを包むので、誰もが桃屋敷と呼ぶ、小さなお屋敷の事を言うのでした。屋敷
の裏側は竹藪が黒々と生い茂り、辺りには目立った屋敷も見えず、これまでは年老いた夫婦が、ひっそりと館の世話をするば
かりの、静かなたたずまいでしたが、最近では、その屋敷の中から、幼い子供の声やら、嬉しそうに子供をあやす人の声が聞
こえるので、もうすっかりみやこ中の噂になっているのでした。
そうした折りから帝は密かに桃屋敷に行幸されては、幼い童の相手をなさるのが常であったという事です。往来に混じって町
中を通られる帝の車は、それは誰が見てもすぐに判る煌びやかさであった、というものですから、噂はさらに噂を呼んで、知ら
ぬものが居ぬ程であったといいます。やがて時は過ぎ、何時の頃からか桃屋敷の中から剣を振る勇ましい音や、エイヤァと
言うかけ声が聞こえ、どうやら桃屋敷の幼子は男の子であった、と囁かれるようになりました。
それからしばらくの後、もう一つの噂もたちました。遠く離れた海の向こうの国で謀反が起こり、沢山の兵士が死んだので、そ
の為に、日本からも援軍を出すよう頼まれたため、国中のアチコチで刀や武器を集めて戦いの準備をしている、もうすぐ大き
な戦が起こるかも知れない、というものです。みやこの人々はそうした血なまぐさい噂には随分と慣れていたものの、やはり戦
になれば沢山の人が傷つくので、余り声を揚げて噂をする者は居なかった様です。
それでもみやこの噂は風に乗って遠く鍛冶屋の耳にも届きました。そのころ鍛冶屋は褒美に貰った宝を少しだけ使って前の
炉よりも一回り大きな炉を作り、助けて貰った邑の人たちの為に、前よりも一層がんばって鍬や鋤を作っていました。それに邑
の人たちも貰った宝のお陰で、前よりも少しばかり良い暮らしが出来るようになっていました。また、鍛冶屋は新しい技術を持
てるようになっていました。じつは褒美に貰った金細工を使い、色々なモノに金を張って飾る技術です。
鍛冶屋の親父さま、それにそのまた前のじいさまや、またまたその前のじいさまも、こうした技術を持っていました。親父さまも
同じように幾度も作っていたのを子供の頃に見て、少しだけ覚えていました。きっと鍛冶の仕事と、そうした金を張り付ける技
術は身近な事だったのだろうと、古い記憶を手繰りながら鍛冶屋は思い出していました。鍛冶屋は大人になってから親父さま
と別れ、海を越え、山を越えて、この場所に住むようになっていたのです。そうしていつか少しずつ昔を思い出しながら、金の
薄い膜を張りつけては、様々な綺麗な飾りを作る事が出来るようになっていたのです。
しかしこの飾りを作る為には、ひと山向こう側にある尾根の赤い色の石の混じった粘土や石が必要でした。鍛冶屋は暇を見て
は赤土を持ち帰り、鋤や鍬を作る暇に金の飾りも作るようになっていました。時にはみやこに出入する商人に頼んで、金の飾り
を売っていました。
しかし、そんな折り、届いたみやこの戦の噂は、邑の皆を暗く沈んだ気分にしてしまいました。そうしたある日のこと…みやこか
ら再び手紙が届いたのです。
「や〜鍛冶屋の某、今度も次の満月までに剣を作ってちょ〜。今度は50本だからねぇ。作らないと殺しちゃうんだからっ!!
ちゅぅの。」
手紙を読んだ鍛冶屋は声も出ないくらいに驚きました。死にものぐるいでやっと作れた剣は、邑の人たちの協力があって初め
て出来た事でした。しかもそれが精一杯やって20本だと言うのに、今度は、それ以上の50本を作れと要求する等、どう考え
ても無理だと思いました。このままではいずれ殺されてしまうのは判っています。しかし自分だけ逃げてしまったら、その後、邑
の人たちがどうなってしまうのか、おおよその見当がついています。兵を率いて邑の人々は皆殺しにされるに違いない、自分
だけが助かろう…等とは思いも拠らない事でした。鍛冶屋はどうする宛もなく暗く沈み込んでしまいました。
そんな様子に気づいた邑の人たちは、口々にみやこへ反発する声を揚げ初め、日々不穏な気持ちが高まっていくのを押さえ
切れませんでした。そんなある日、邑の主だった者で鍛冶屋の小屋に向かうと、こう言いました。
「幾らみやこの命令でも余りにも酷い。こうなれば邑も一緒に抵抗して言いなりにはならない所を見せてやろう!。」
その力強い言葉に励まされるように鍛冶屋はしっかりと頷きました。むざむざと黙って殺されるとは余りに酷い、それに今まで
の静かな暮らしを守りたい。そうした気持ちが沸々と湧いてきて、あれほど気弱だった鍛冶屋の心はいつか大きく強くなってい
たのです。
早速邑の人も手伝って山の上に砦を作ることにしました。みやこから攻めて来ても防戦出来るように鍛冶屋も剣を鍛えました。
山の上には見る間に立派な山城が作られていきました。
そんなある日のこと
鍛冶屋がいつものように剣を鍛えていると、小屋の隙間から誰かが覗くのが見えました。手を休めて見ると、そこには邑では
見たこともない童が、一人珍しそうにこちらを伺っています。鍛冶屋は手招きをして中に入る様に目配せをしました。童はヒョコ
ヒョコと中に入ってきて珍しそうに鋼の様子を見ています。
「お前、鍛冶に興味があるのかい?。手伝うか?。」
丁度忙しくて手伝いの欲しかった鍛冶屋はその童に手伝いを頼むことにしました。童はウンと頷くと早速鍛冶屋の打つ鋼を支
える役になりました。童は「キジジ」と名乗りました。キジジは良く働くので鍛冶屋はとても助かりました。それに何くれとなく気
を使ってくれるので、自然に色々とキジジに話しをしてやるようになりました。邑の人たちのこと、山の砦のこと、久しぶりに鍛
冶屋は楽しい気分になりました。それはまるで自分に息子が出来たような、とても安らいだ気持ちでした。
やがて砦も完成し、剣も出来上がった頃、突然キジジはお別れを言うと何処へとも無く去って行きました。鍛冶屋は引き留め
たものの、いざ一人になってみるとすっかり寂しくなってしまいました。しかしそれも仕方の無いことです、仕方なく諦め、それよ
り、みやこから何時攻めて来ても良い様に、沢山の食料を山の上に運ぶことにしました。手紙の約束の満月の日から、既に、
幾日もすぎた頃の事でした。
その頃、みやこの桃屋敷では、可愛らしかった幼子も立派に大きく成長していました。世話をした老夫婦も目を細めて童子の
成長を喜びました。そんなある日、桃屋敷に帝が行幸されました。帝は童子に一つの剣を授けて、童子に名前を与えました。
「お前ももう一人前だと言うことを世に知らしめる時が来たのです。この剣で私たちに刃向かう者を懲らしめてやりなさい。」そ
うして若い武将となった童子は世話をしてくれた老夫婦に別れを告げて西を目指す事になりました。
実は帝の命で西の砦に剣を持つ悪い鬼がいるので退治する様に言われたのです。この悪い鬼は帝の命令に背いて反乱を起
こそうとしていると判っています。若い武将には一緒にお供が就くことになりました。一人はイヌジと言う名の大男です。力も強
いのですが、目と鼻が群を抜いて良く利くので人々から「逃れずのヌジ」と呼ばれて恐れられていました。また、もう一人はサル
ジと言います。あと一人いますが今は居ません。後から合流する事になってるのです。
若武者の一行は出発からしばらくは平穏に進んでいました。やがてみやこの外れまで来たとき、若武者の前にサルジが立ち
ました。これから鬼の所まで道案内をすることになっています。サルジは国のあらゆる道を良く知っており、迷わず鬼の所まで
案内出来るのです。そうして山を越え谷を抜け、やがて海の見える海岸にと出ました。どうやら目的の鬼の領土に入った様で
す。ここで若武者たちは懐から何やら取り出すと、辺りの木の屑や枯れ葉を集めて火をつけました。そして火の上に鍋を置く
と懐から取り出したモノをグツグツ煮始めました。やがて出来上がったモノをポンポンと叩いて丸いお団子にしました。
「これはな、黍(きび)という穀物で作った団子だ。ただの団子ではない。黍の団子をすっかり食べてしまうという事は、キビの
オニを全部平らげる事になる、大事な儀式なのだ。」そう言って、出来上がった団子を、まず太陽に向かって捧げ拝み、次に
口いっぱいにほおばって、一気に飲み込みました。お供の二人は顔を見合わせて、今は立派な若武者となった童子を誇らし
そうに見上げていました。
こうして準備の整った若武者一行は更に西を目指しました。するとその時、一行の前へ一人の童がやって来ました。最後に
合流することになっていた三人目の従者です。
「お待ちしていました。ではこれから鬼の本拠地の情報をお知らせします。」
そう言って童はニヤリと薄笑いを浮かべました。不思議にも童は砦の中や里の邑の事まで、何から何まですっかり知っている
様です。童はどうやって鬼の砦を攻略するかを話しました。こうして一行は作戦を固め、鬼の本拠地、山の砦の見える所まで
やってきました。
若武者一行は山の上にそびえる砦を見上げ、早速予定通りに裏道を登り始めました。この裏道は邑の人だけが知っている
ケモノ道の様な細い道です。誰にも知られず砦に向かうにはこの道が一番なのでした。しかし道の先頭を歩くこの童は一体
何者なのでしょう。まるで自分の家に戻るように軽々と山道を進みます。
こうして砦の人たちの知らない間に刻々と戦いの時は迫っていたのです。
若武者たちが密かに砦の囲いに着いたとき、サルジがこっそりと囲いの一部を抜き取りました。じつはこの囲いの一部は砦
の人たちが万一の時に裏道から逃げ出すために、わざと外せるように仕掛けがしてあったものです。しかし今は、反対に、
まんまとその抜け板を使って、敵に楽々と砦の中に忍び込まれてしまいました。一行は苦もなく頑丈な砦をくぐり抜け、さらに
奥へと進むのでした。
砦の中程には小さい囲いで小屋を作り、中に人が住めるようにしてありました。この中で鍛冶屋は剣を調べていました。邑の
人たちもそれぞれに剣を持ったり楯になる板を調べたりしていました。皆それぞれに戦いの準備をしていたのです。
その時です。ふいに大きな叫び声がしたかと思うと、邑の一人が突然どうと倒れました。背後からイヌジが一気に剣を振り下
ろして、邑の男を斬り殺したのです。これに驚いたのは砦の中にいた人々です。いきなり不意打ちを食らってしまい、ある者
は怯えて逃げまどい、ある者は手に持った剣を闇雲に振り回すばかりで、あっという間に砦の中は大騒ぎになりました。
一番驚いたのは鍛冶屋です。見る間に邑の人たちが次々と倒れていきます。手に持った剣がブルブルと震えました。「ああ、
自分はただ邑の人と共に静かに平穏に暮らしていたいだけなのだ。それなのに、みやことは、かくも無理難題を押しつけ我々
を脅かすのか…。一体我々が何をしたというのか…。」胸の中に怒りとも憤りとも知れない気持ちが、ムラムラと沸き上がっ
てきました。その手に持つ剣をぐいと握りしめ、一気に立ち上がると、鍛冶屋は若武者に向かっていきました。その姿はまる
で真っ赤に燃える炎の様です。その時、鍛冶屋の目に一人の童の顔が写りました。
「あぁ…お前はキジジ」そう、あのキジジです。なんと別れたキジジがそこに居ました。
「助けに…戻ってくれたのか?。」鍛冶屋は嬉しそうにキジジの方へと向きました、が、次の瞬間、鍛冶屋は全てを悟りました。
「お前は…。」そうです。キジジは最初から砦の内部を探るために鍛冶屋に近づいてきた若武者の仲間だったのです。キジジ
の裏切りに鍛冶屋は愕然として声も出ません。何と言うことでしょう、あれほど心を分け合って過ごしたのは夢だったのでしょ
うか。鍛冶屋の心はズタズタに切り裂かれ、すでに戦意はすっかり消えていました。その隙をぬって若武者の一太刀が鍛冶
屋の胸めがけて振り下ろされました。それはまさに一瞬の出来事でした。
その時、鍛冶屋の目はずっとキジジを見つめていました。じっ…と見つめ、そして一粒ポロリと涙をこぼしました。しかし次に
はもう地面にどうと倒れ再び動くことはありませんでした。
砦の中に若武者の朗々とした声が響きわたりました。「我が名は桃太郎だ。いまこそ鬼を討ち捕ったり!!。」
いっときの後、砦の中はシンと静まり返っていました。人の声ひとつ聞こえません。砦の中にいた邑の人は全員が殺され、鍛
冶屋の亡骸は首を切り落とされ、それは鬼の大将として若武者の持つ剣の先に吊されたのでした。
その後、若武者の一行は砦の小屋の中からおびただしい金の飾りを見つけました。それはかつて帝から鉄剣の褒美に貰っ
た宝や、鍛冶屋が細々と作ってきた金張りの飾りなどでした。その沢山の飾りを手にすると、意気揚々と引き上げて行ったの
です。
…じつは始めからそうした宝物は取り返すことを予め考えた上で与えていたのでしょうか、それとも…褒美と偽って泥棒の汚
名を着せようとしたのでしょうか…。もしかすると最初から計られていたのかも知れません。そのうえ若武者たちは里の邑にも
降りて、褒美として与えた宝を一つ残らず次々に奪い去っていったのでした。
その時イヌジの手によって壊された砦や鍛冶屋の小屋からは、赤い血の様な泥水がどっとほとばしり、それは真っ赤な流れ
となって麓の川に流れ込みました。それはまるで鍛冶屋の流した血の様にいつまでも流れ続け、遙か海にまで届いたのでし
た。
それからのち、まるで血に染まった様な有様だった川を「血流川」と呼び、里の人々を「鬼の里の鬼」とあだ名して末代まで蔑
み、みやこでは若武者の鬼退治の武勇が、いつまでもいつまでも語り継がれたと言うことです。
おしまい
(このお話しは全て一字一句までフィクションです)
長々と拙いお話にお付き合い頂き心から感謝します。
さて、桃太郎という話しには幾つかの興味深い問題が秘められています。
桃太郎の桃というのは西王母に代表される不老不死に通じる呪という認識が在ったようで、朝廷そのものが不老不死の権力
の象徴として桃をシンボライズしていると言えるようです。また魔除けの意味も在ったようです。
特に桃太郎に仕える三匹のお供、犬・猿・雉という内容には幾つかの意義が在るようです。
犬は従順な力を表しており、いわゆる懐柔策で他部族が朝廷に追随するようになった、その集団を表していると言え、身体が
白い犬とは純粋さ、つまり謀反を起こさない意志表示と言える訳です。また猿は猿田彦に代表される案内役とか、狡賢いとい
う姿のシンボライズであり、この集団だけの特有の全国的ネットワークを駆使して情報を交換していたと言える様に思われま
す。言い換えれば虚無僧等のルーツと言えるのかも知れません。また雉というのは猿女や天の邪鬼にも通じるスパイや騙し
のプロという役を持っているようです。
黍団子は黍と吉備を掛けているわけですが、現在でも某球団がヤク○トと対戦する前にはヤク○トを飲み干す…ゲン担ぎを
するとか…。歴史は過ぎても、人間、考え方は余り変わらないのでしょうか?。
白村江の戦いでは吉備の臣がかなり報償を貰っている事から、朝廷直轄の国司が吉備に置かれていた様です。船舶の居留
地としても重要だったと言えるのです。しかし朝鮮半島からの移入者が持っていた技術というものを、朝廷も重要として認識し
ており、懐柔策や討伐を繰り返しては朝廷直轄の技術集団を組織するようになる、というのが最近の定説の様です。炉を使い
産鉄をする、或いは辰砂でメッキをする技術は当時の高等技術とも言える訳で、朝廷直轄にするために東西奔走した様子が
数々の書物(記・紀等)からも伺えます。項の発端となった岡山の鬼ノ城も、またそうした懐柔策に徹底抗戦した部民の姿が、
浮き彫りにされてきます。朝鮮式山城である鬼ノ城は、薀羅(ウラ)と言う名の鬼が住んだと言われています。今も小高い山の
上で、下界を見下ろし、少しは人間の有り体が成長したかと、その炎のように燃える眼で見据えている様です。
産鉄民や辰砂は渡来民と縁が深く、こうした技術は朝鮮から渡来したと見るのが今では一般的になりましたが、伝承伝説に
そのルーツをかいま見るとき、隠された歴史もまた温存されている事に気づきます。血流川に流れたのは血と言われています
が、実際は辰砂(しんしゃ)であり、真土と呼ばれた「水銀鉱床」の事だと思われます。これは現在でも残っていますが、その赤
い部分の水銀成分を精製しアマルガムとして重用したのです。
従来の桃太郎とは、いわゆる戦後のGHQの検閲済み文書の様に、朝廷の目で見た話が主体であり、それ故に現代まで生き
残る事が出来た、と言えるのですが、これがもう一つの「渡来民の側から見た目」での話になると、一体どうなるのか、という点
を中心に書いてみました。しかしちょっと鬼に肩入れ過ぎたきらいが在ったやも知れません。うむむ?。(^^;
堪能いただけたのであれば幸いです。
おそまつでした。